空気イオン理論 |
1. 空気イオンの基礎(1)1-A. 空気イオンの発見(1) クーロンの実験 「帯電した金属を絶縁して、空気中に放置した時に次第にその帯電電荷が消失する」(1785年)↑ この時点では、電荷がなぜ消失するかは明らかにされていなかった。 (2) 気体内イオン伝導説 「気体は溶液に溶ける電解質のようにプラス又はマイナスに帯電した微粒子を含み、気体の電気伝導性はその帯電した微粒子の存在による」(レントゲン線やベクレル線の発見及びその研究による) これらはエステルやガイテル、ウィルソンらにより、大気中に於ける電気伝導性の説明に適用され、クーロンの実験結果の解釈にもつながった。 この微粒子を「(空気)イオン」と呼ぶようになった。 なお、初めて「イオン」と呼んだのはファラデーである。
1-B. 空気イオンの概念(1) 空気イオンの正体 空気イオンとは、気体内のプラス又はマイナスに帯電した微粒子(酸素分子など)のことをいう。1個のマイナスイオンの持つ電荷は、電子の電荷に等しい。 (2) 空気イオンの発生原理 イオンの電荷の符号は正負ともにあり、正に帯電しているものをプラスイオン、負に帯電しているものをマイナスイオンという。一般的な発生原理としては、遊離電子(free electron)が空気中に放出されて、これが他の気体分子(酸素分子など)と衝突→付着してマイナスイオンが発生する。
1-C. 移動度(1) 移動度の考え方 空気イオンは、その電気的な性質のため電界の影響を受けて移動する。その移動速度は電界の強さに比例し、特に単位電界1(V/m)あたりの移動速度のことを 「移動度」或いは 「運動度」 という。 速度の単位は、(m/s)であり、また、移動度は単位電界あたりの速度なのでこれを電界の単位(V/s)で割る。 移動度の単位 = (m/s)÷(V/m) = (m2/Vs) 多くの場合、移動度はイオンの持つ電気量eとその質量mの比により決まる。 移動度の大きいものを小イオン、小さいものを大イオンという。 (2) 移動度を考える理由 空気イオンの生体への効果を考えた場合、空気イオンの移動度は密接な関係にある。 小イオンは、移動度が大きく、また拡散係数も大きいため生体へ付着しやすい。 これに対して、大イオンは移動度が小さく、拡散係数が小さいため、同じ量の小イオンと比較した場合、生体へ付着する割合が減少し、その効果は小さくなる。
1-D. イオンの分類一般にイオンの移動度及び大きさにより、次のように分類される。(1) 遊離電子 単独に存在する電子で、その質量は水素原子の約1/1800と大変小さく、陰極線や放射性物質によるβ線と同様、移動度は非常に大きい。 一般に大気中では、空気のごく希薄な上空、或いは非常に純粋な窒素、ヘリウム、アルゴンなどのガスの中に認められる。 (2) 原子イオン 正負ともにあり、プラス原子イオンは原子が電子を失ったもの、マイナス原子イオンは電子が他の中性原子に付着したもの。 電子とともに大気の上層にのみ限られて存在する。 (3) 小イオン 軽イオン、正常イオンなどとも呼ばれ、大気中に存在する主なものである。 大気中に於いて電子又は原子イオンが発生すると瞬間的にこれが核となり、周囲に気体分子を引き寄せて結合して分子集団となる。これを小イオンという。 結合している分子の数は数個から数十個で、一般にプラスイオンの方がマイナスイオンよりも質量が大きい。 一般的には、0.4〜0.8(cm2/Vs)程度よりも大きな移動度を持つイオンを指すことが多い。 (4) 大イオン 重イオンなどとも呼ばれる。 正又は負の小イオンや電子が、埃やチリ、或いは霧などの微粒子に付着したもので、小イオンと形は同じであるが、質量は小イオンの千倍位のものがある。 移動度は広範囲にわたり、0.0005〜0.01(cm2/Vs)程度のものが多い。 特に汚染された空気中に多く存在する。 (5) 中間イオン ポロックによって発見されたイオンで、ある低い湿度条件においてのみ存在する。(地表近くの大気中には存在しない) 移動度は小イオンと大イオンの中間で、一般的には0.01〜0.1(cm2/Vs)であると言われる。
2. 空気イオンの基礎(2)2-A. 空気イオンの様々な生成要因大気中の空気イオンは、様々な要因により生成される。また、生成と消滅を絶えず繰り返す中で、ある程度平衡が保たれているというのが実体である。(1) 紫外線による生成 紫外線が気体を通過する時に、気体を強くイオン化することによる。 (レナード、トムソン、ブレンリー等による研究) 大気の上層部では、この紫外線による強度イオン化現象が確認される。10(km)上空では、地表よりも約10倍強くイオン化されていると言われている。 こうした高濃度イオンは、地表に向かって拡散するが速度が遅く、プラス、マイナスイオンが互いに再結合を起こすため地表付近では低濃度となっている。 (2) レナード効果(滝効果)による生成 水はその表面積を変える時、例えば水滴がさらに小さな水滴に分裂する時、分裂した水滴自身はプラスに帯電し、周囲の空気はマイナスに帯電する。 これをレナード効果(Lenard's effect)という。 水滴の表面には電氣二重層が常に存在し、水滴表面はマイナスに、これと接する外側の空気はプラスに帯電している。 (分裂などで)新しい水面が空気に触れると、上記の電氣二重層のため、空気中のプラスイオンが水滴面の外側に奪われてしまうため、結果として空気はマイナスに帯電する。 このため、マイナス空気イオンが生成される。 (3) 太陽光線による生成 光電効果(個体にある波長の光が当たると電子を放出する現象)により、イオン生成が行われる。これは、空気中の分子に電子が衝突することにより、その分子をイオン化するものである。 地表付近では著しく光電効果を起こす物質は少ないため、実際に光電効果がイオン化に起因する割合は少ないといわれる。 (4) 放射性物質による生成 地表付近でのイオン化要因の主なものである。
地中にはラジウム系の物質(ウラニウム、ラジウム、アクチニウム、トリウムなど)が広範囲に渡って存在し、 これらの崩壊物質が気体となって地殻を通して現れたものを「エマナチオン」という。 エマナチオンは大気中に出るとさらに崩壊して、この時にα線、β線、γ線を放出して空気をイオン化する。 気圧が高気圧から低気圧に変化する時に、マイナスイオンが発生するのは、地中の空気が気圧の変化により、エマナチオンとともに吸い出されるためである。 (6) 大気中のイオンバランスについて 空気イオンの発生は、自然の様々な現象によって起こるが、多くはプラス、マイナスの両イオンが対になって発生する。 但し、大気をプラスイオンだけに変える現象は殆ど無いのに対して、 マイナスイオンだけを生成する現象としては、レナード効果やβ線放出などがあり、本来、イオンの割合としてはマイナスイオンの方が多くなる。 しかし、実際には大気汚染が進むにつれて、重イオンの再結合によりマイナスイオンが消失し、イオンバランスが崩れてきていると言える。
2-B. 実際の空気イオン前項目の「空気イオンの様々な生成要因」において、空気イオンの生成要因を述べたが、地表付近においては、実際にどのように空気イオンが発生しているのだろうか?(1) マイナスイオンの生成 大気中の宇宙線や放射線が、空気中の分子に衝突した時にこれらの分子から電子が放出される。放出された電子は、空気中の分子(酸素、炭酸イオンなど)に吸着してマイナスイオンとなる。 実際には、空気中の水分子と結合して安定した状態で存在する。 一般的に小イオンは、下記のような形態をとる。
上式においてO2-、CO3-、NO3-は、中性であった空気中の分子が電子を受け取ったことを表す。 また、(H2O)nの「n」は水分子の数を表し、湿度などにより変化する。 なお、これらの小イオンが質量の大きな微粒子に吸着したものが大イオンである。 (2) プラスイオンの生成 代表的なものとして、水素イオンと水分子が結合したオキソニウムイオンが核となったものが挙げられる。
2-C. 空気イオンの減少要因空気イオンが減少する要因としては、大きく分けて下記の現象による。(1) 逆符号イオンとの再結合 空気イオンは、逆符号のイオンにより再結合し、電気的に中和してイオンの性質を失う。 (2) 拡散 空気イオンは、イオン濃度が濃い方から希薄な方へ拡散して次第に均質になる傾向がある。一般に小イオンでは、プラスイオンよりもマイナスイオンの方が拡散していく速度が速い。 つまり消失までの時間が速い(寿命が短い)と言える。 (3) 吸着 小さな微粒子(埃、塵、水蒸気等)は空気イオンに吸着することにより、イオン密度を低下させ移動度を小さくする。 また、吸着スピードは拡散の速さ、即ちイオンの移動度により定まる。 一般に、プラスイオンよりもマイナスイオンの方が、その移動度が大きいため、吸着現象はマイナスイオンによるものが主である。 (4) 電場の作用 空気イオンは電場の作用によって移動する。但し、雷の発生等の特別な場合を除いては、通常電場による影響はさほど大きくないと言われている。
2-D. 発生条件について大気中の空気イオンは、様々な要因により生成される。また、生成と消滅を絶えず繰り返す中で、ある程度平衡が保たれているというのが実体である。(1) 湿度について 「実際の空気イオン」にて述べたように、イオン化した空気中の単分子は、実際には空気中の水滴(水分子)に付着し存在している。 このことから、湿度が極端に高いと水滴の再結合が起こってその数が減少し、結果として空気イオンとしての数が減少する。 また、低湿度においては、当然空気イオン媒体としての「水滴」が少なくなるため、空気イオンは減少する。 よって、空気イオンの発生条件としては、 高湿度、低湿度は不利であり、一般的には相対湿度で40〜60(%)程度が理想と言われている。 (2) 温度について 温度については、高温になるとプラスイオンが増加するなどのデータもあるが、地表が暖められることにより、含まれていた水分が蒸発した時にはマイナスイオンが発生するなど、 温度条件ついては一定の傾向は見られないようである。 (3) 気圧について 気圧については、気圧の絶対値よりも気圧の変化がイオンの発生に大きく影響する。 気圧が、高→低と変化する際に、地中の放射性物質が気体となって地表に吸い出され、これがマイナスイオンを生成する。 (4) 風の影響について 風が吹くことによって、空気中の水分子集団(クラスター)が粉砕され、この時マイナスイオンを発生する。 室内の換気を行った時に、空気に清涼感を感じる理由の一つである。
2-E. 霧の核としてのイオン(1) 肉眼で見るイオン化作用 空気イオンの大きな特徴の一つとして、イオンが霧の生成の際、その核となることが挙げられる。過飽和の水蒸気を含んだ空気中にイオンが存在する時、イオンが核となって小水滴が生成され、これが肉眼で見えるようになる。 (ウィルソン氏霧箱−Wilson's cloud chamber) (2) イオンによる核としての能力差 核となる能力については、プラスイオンよりもマイナスイオンの方が高い。また、これらの能力差は、イオンの荷電量の差によるものではなく、水滴の持つ電気二重層に起因するものである。
2-F. 大気の伝導度と電場(1) 大気の伝導度と電場 大気中の電界内にイオンが置かれると、大気中に電流が流れる。大気中に存在するイオンは、大イオン及び小イオンの2種類があるため、正負それぞれ併せて、4種類のイオンの流れが存在する。いま、大気中の電界Fにおいて、イオンにより流れる総電流 itを考えてみることとする。 4種類のイオンがそれぞれ異なる移動度・イオン量を持っているものとし、 [各移動度] k+−−−プラスの小イオン k-−−−マイナスの小イオン K+−−−プラスの大イオン K-−−−マイナスの大イオン [各イオン量] n+−−−プラスの小イオン n-−−−マイナスの小イオン N+−−−プラスの大イオン N-−−−マイナスの大イオン とする。 この時、各イオンにより流れる電流はそれぞれ、 [各電流] en+Fk+−−−プラスの小イオンによる en-Fk-−−−マイナスの小イオンによる eN+FK+−−−プラスの大イオンによる eN-FK-−−−マイナスの大イオンによる となる。 総電流 it は、上記の各電流の総和をとればよいので、次式(A)により表される。(eは電気素量4.77X1010) it=(en+Fk+)+(en-Fk-)+(eN+FK+)+(eN-FK-)ここで、 λ+=(en+k++eN+K+) −−−−−(B)とすると式(A)は、 it=F(λ++λ-)=Fλ −−−−−(E)と表すことが出来る。 λ+、λ-の各項は、電界と電流密度の比になっているので、電気伝導率を表している。λはこれらの和である。 各々の伝導率を下記のように呼ぶ。 [各伝導率] λ+・・・正の偏伝導率 λ-・・・負の偏伝導率 λ・・・全伝導率(又は単に伝導率) 伝導率の単位はSm−1である。 (2) 環境による伝導度 仮に、清浄な空気中を想定して、 n+=600 n-=600 N+=2,000 N-=2,000 k+=1.5(cm2/Vs) k-=1.5(cm2/Vs) K+=0.0004(cm2/Vs) K-=0.0004(cm2/Vs) とすると、 式(B)、(C)の第一項と第二項の比 ekn:eKN は、 となる。 これは、 清浄な空気中においては、電気伝導の大部分は小イオンによるものであることを示す。 これに対して、空気の汚れた場所、つまり、仮に両極イオンについてnを100、Nを50,000 と仮定して計算すると、 となり、 大イオンが電気伝導の一部を担うことを示す。
[参考文献]
[謝辞] 書籍、文献収集に当たりましてご尽力頂きました下記の方々にはこの場をお借りしまして、深謝申し上げます。 北海道大学医学部様、国立市立くにたち図書館様、八重洲ブックセンター様
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